山辺田遺跡   

2015年 04月 07日

源右衛門窯から西へ1㎞ほどのところに、国指定遺跡「山辺田(やんべた)窯跡」があります。

この一帯は「黒牟田」といい江戸初期から続く皿山地区で、今も窯元が多く点在します。
山辺田遺跡周辺は、陶祖李参平佐賀藩祖鍋島直茂公を祀った陶山神社や、それに続く雑木林の丘と田圃が広がったのどかな一帯です。
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山辺田窯跡の稼働期間は1610年代~50年代と比較的短いのですが、初期の頃から染付大皿の優品を焼いたり、その産地をめぐって論争が続いている「色絵古九谷」を制作した窯としても、長年脚光を浴びてきました。
この山辺田窯跡を有田磁器創業400年事業の一環として再度調査することとなり、一昨年から2度にわたって発掘が行われました。
この調査では窯本体ではなく工房跡と思われる場所を発掘し、前回は色絵古九谷様式の陶片が約500点も出土しました。

前回出土品の一例。色彩の特徴から「五彩手」といいます。
この調査で、古九谷有田説がより強固なものになりました。
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今年も2月から3月にかけて調査が実施されました。
調査範囲は前回と同じく工房跡。
そして、今回もびっくりするような発見が・・・

なんと、当時の有田が目標とした、中国・景徳鎮産染付磁器「祥瑞(しょんずい)」の陶片がポロッと出土してしまいました。

これが祥瑞陶片。周辺に見える山辺田窯産と比べると、素地の白さや絵の具の鮮やかさが歴然。鳥の絵付けも秀逸で、専門書に掲載されても不思議ではない、これぞ「The 祥瑞」といえる完成度の高さです。
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祥瑞は日本の茶人が特注で景徳鎮にオーダーした最高級磁器です。高価だったために生産量が少なく、消費地遺跡からも陶片が出土する事例はごく稀で、これまで一部の大名屋敷などで少量出土したくらいです。それだけ大切に扱われて伝世されたともいえます。

それが、産声を上げて間もない地方の磁器産地で発見されたことには、大きな意味があります。おそらく製品見本として持ち込まれたものでしょうが、流行の最先端であるこの祥瑞を目にした山辺田の陶工達は、力量の差にたじろぎながらも少しでもそのレベルに近づこうと必死で努力したはずです。

その志の高さが有田の技量を高め、今日に続くものづくりの礎になっていると思うと、400年の節目を迎えるこのタイミングで出土したこの陶片は、見た目は少々地味ですが大発見なのです。

by gen-emon | 2015-04-07 14:55 | 旬な話題

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