陶山神社鳥居   

2014年 01月 22日

皆さん こんにちは
今日は新春らしい話題をひとつ。
有田で初詣といえば「陶山神社」
年間を通じてもたくさんの参拝客が訪れます。

陶山神社は明治になってからの名称で、ご神体は「応神天皇」、佐賀藩藩祖「鍋島直茂公」、それと有田焼陶祖「李参平」です。正殿前には焼きもの町ならではの、様々な磁器製の奉納品が鎮座していますが、圧巻はなんといっても磁器製の鳥居。
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有田町を象徴する文化遺産のひとつとしても広く知られています。由来によるとこの鳥居は、明治21年(1888)の神事(おくんち)に当番区であった稗木場(日恵古場)から奉納されました。柱には奉納区と製作年月日が陽刻で、製作に関わった人たちの名前が黒の釉下顔料で記されています。
さすがに、このサイズと重量の焼きものにとって、屋外での120数年という歳月は厳しい環境です。
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扁額にある「陶山社」は、中林呉竹によるもの。b0289777_14125462.jpg


ところで、この磁器製鳥居、実は有田以外にも二基が現存することをご存じですか?
一基は長崎市内の宮地嶽神社に、b0289777_15203724.jpg
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そしてもう一基は佐賀市内の松原神社です。
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これら3基の鳥居、主要なパーツと文様は同作といって良い程似ていますが、扁額の地文様や陽刻文字の有無など、細部が微妙に異なっています。

では、各社に奉納されたいきさつはどうなっているのでしょうか?
時系列で予測を立てると、まず、陶山神社に奉納するために、本窯の歩留まりを考えて3基分かそれ以上のパーツを製作して焼成したところ焼き損じがほとんど無く、無事に奉納できた。

次に残ったパーツを組んで、同じ年に宮地嶽神社に奉納された。残念なことに宮地嶽神社の鳥居の奉納者は不明ですが、この2基は共に明治21年の陽刻銘があります。

そして翌々23年になって、西松浦郡の全町村から松原神社に最後の1基が奉納された。ちなみに松原神社には、陶山社と同じく鍋島直茂公が祀られています。年号と奉納者名が黒書きされていますが、文字が一部剥落しているところから、どうやら上絵付けのようです。
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いずれにしても、これだけの大きさの磁器を焼くのは、現代のテクノロジーを持ってしても至難の技としかいいようがありません。製作にあたった先人の心意気とそれを裏づけるに余りある技量には脱帽です。

皆さんもいちど磁器製鳥居を巡る三社詣でに出かけてはいかがでしょうか?すごいパワーをいただけるかも!

by gen-emon | 2014-01-22 12:01 | 旬な話題

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