カテゴリ:旬な話題( 7 )   

染付梅地紋 傘立 -濃み-   

2017年 02月 08日

皆さん こんにちは
先月、『染付梅地紋』の傘立の線描きをご紹介しましたが、今回は次の工程の『濃み(ダミ)』をご紹介します。

『濃み』とは、線描きをした外側や内側を塗りつぶすことを言います。
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昔から『線描き』は男性、『濃み』は女性と工程が別れており、線描きの上を塗っていく為失敗が許されません。

源右衛門窯の特徴は外側を塗っていく外濃(ソトダミ)にあります。梅地紋の外濃は大きい筆にたっぷり呉須を含ませ、指先で絞り出しながら一定のリズムで動かし、描いた梅の線描きを避けながら模様のように塗っていきます。
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傘立のような大物の線描きは置いて描けるのですが、濃みは呉須をたっぷり出しながら塗っていきますので、常に左手を動かし、傾け具合の絶妙なバランスを保ちながらの作業なので、大物になるとかなり大変です。
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そして熟練した職人でも特に難しいのが、呉須の濃ゆさです。呉須の藍の色合いを同じにするのがかなり難しいのです。外濃は塗る面積が広いため、濃さを合わせるのが難しいのですが、呉須はある程度の濃ゆさから肉眼では同じに見え、最終的には焼いて見ないと発色が分からないのです。

ですので、今回の傘立の濃みの作業は朝から濃みを始め、1本仕上がる夜中まで行われました。
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まだまだ言葉では説明しきれないほどに色々な技術が必要ですが、職人さんたちは日々長年の経験と熟練した手技で焼きものを制作しています。

次は窯の職人さんの腕の見せ所です。どんな色合いで焼き上がるか、窯上がりが楽しみです。

源右衛門窯では、普段より工房を解放しておりますので、有田にお越しの際は、是非お立ち寄りください。タイミングがよければ、今回の大物の製作風景をご覧いただけるかもしれません。

by gen-emon | 2017-02-08 15:40 | 旬な話題

傘立 製作中   

2017年 01月 25日

皆さん こんにちは
有田焼創業401年目のスタートの2017年も、早いものでもう1ヶ月が経とうとしています。

そんな中、絵描座では今年最初の大物の製作が行われていました。展示所前にも置いてある、源右衛門窯を代表する柄の『染付梅地紋』の傘立です。
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今、絵描の職人さんが絵付の真っ最中でした。大きいサイズになると、またがったようにして描かないといけません。
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描いたところを消さないようにビニールを手に巻き、仕上げるまでに幾度となく持ち上げて回転させながら描いていきます。
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梅地紋は梅の位置だけに簡単な印をして、そこに同じ大きさの梅を描かないといけないという熟練の技が必要になります。
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線描きは約1日半かけて描き上げます。

次回は描いた梅の外側を塗っていく『濃み(ダミ)』の作業を、後日ご紹介しますのでお楽しみに。

by gen-emon | 2017-01-25 10:30 | 旬な話題

餅飾り   

2016年 12月 30日

皆さんこんにちは。
本日で窯元展示所の営業も無事終了いたしました。

今日は朝からお供えを飾りました。
28日に皆んなでついたお餅です。
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来年もまた良い焼き物を作れるように、轆轤(ろくろ)場、絵描座、窯、展示所など、色んな場所に飾ります。
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そして源右衛門窯スタッフブログ『源器』も、今年最後の投稿となります。
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本年も変わらずご愛顧いただき、 誠にありがとうございました。
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来年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆様、良いお年をお迎えください。

by gen-emon | 2016-12-30 17:00 | 旬な話題

2016年 仕事納め   

2016年 12月 28日

皆さん こんにちは
今日は仕事納めで、各職場の大掃除と恒例の『餅つき』です。
朝から雨が降っていたので心配していましたが、段々とお天気も回復し、絶好の餅つき日和となりました。

各職場から掃除の合間を縫って餅つきが始まります。
最初は程よく蒸されたもち米を臼に入れ、よく杵でつぶしていきます。
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ある程度柔らかくなると、3人で交互につき始めます。
外国からのお客様も見えられ、親子で餅つきを体験されました。
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子供たちには社長の指導も。
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つかれたお餅は素早く丸めて形にしていきます。
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そして、最後はお楽しみの「湯とり餅」!
皆さん美味しそうに頬張っていました。

今年最後の大仕事・餅つきも無事に終わりました。最後は細工場に集まって、社長からの挨拶で締めくくりです。職人の皆さん1年間、本当にお疲れ様でした。

※展示所は30日まで営業いたしております。

by gen-emon | 2016-12-28 16:00 | 旬な話題

メリークリスマス‼︎   

2016年 12月 25日

メリークリスマス!
皆さんはどんなクリスマスをお過ごしでしょうか⁈

もう今年も残すところ、あと7日となりました。今年は有田焼創業400年の記念の年ということもあり、とてもバタバタと慌ただしい1年だったように思います。

ブログやFacebookももっと色々と情報発信したかったのですが、中々更新できなかったことが悔やまれます。

来年は皆様に最新の情報をお届け出来るよう頑張りますので、何卒よろしくお願いいたします。
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お写真はnendoのコラボ商品で作ったテーブルです。
それでは『良いクリスマス』をお過ごしください。

by gen-emon | 2016-12-25 10:00 | 旬な話題

山辺田遺跡   

2015年 04月 07日

源右衛門窯から西へ1㎞ほどのところに、国指定遺跡「山辺田(やんべた)窯跡」があります。

この一帯は「黒牟田」といい江戸初期から続く皿山地区で、今も窯元が多く点在します。
山辺田遺跡周辺は、陶祖李参平佐賀藩祖鍋島直茂公を祀った陶山神社や、それに続く雑木林の丘と田圃が広がったのどかな一帯です。
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山辺田窯跡の稼働期間は1610年代~50年代と比較的短いのですが、初期の頃から染付大皿の優品を焼いたり、その産地をめぐって論争が続いている「色絵古九谷」を制作した窯としても、長年脚光を浴びてきました。
この山辺田窯跡を有田磁器創業400年事業の一環として再度調査することとなり、一昨年から2度にわたって発掘が行われました。
この調査では窯本体ではなく工房跡と思われる場所を発掘し、前回は色絵古九谷様式の陶片が約500点も出土しました。

前回出土品の一例。色彩の特徴から「五彩手」といいます。
この調査で、古九谷有田説がより強固なものになりました。
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今年も2月から3月にかけて調査が実施されました。
調査範囲は前回と同じく工房跡。
そして、今回もびっくりするような発見が・・・

なんと、当時の有田が目標とした、中国・景徳鎮産染付磁器「祥瑞(しょんずい)」の陶片がポロッと出土してしまいました。

これが祥瑞陶片。周辺に見える山辺田窯産と比べると、素地の白さや絵の具の鮮やかさが歴然。鳥の絵付けも秀逸で、専門書に掲載されても不思議ではない、これぞ「The 祥瑞」といえる完成度の高さです。
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祥瑞は日本の茶人が特注で景徳鎮にオーダーした最高級磁器です。高価だったために生産量が少なく、消費地遺跡からも陶片が出土する事例はごく稀で、これまで一部の大名屋敷などで少量出土したくらいです。それだけ大切に扱われて伝世されたともいえます。

それが、産声を上げて間もない地方の磁器産地で発見されたことには、大きな意味があります。おそらく製品見本として持ち込まれたものでしょうが、流行の最先端であるこの祥瑞を目にした山辺田の陶工達は、力量の差にたじろぎながらも少しでもそのレベルに近づこうと必死で努力したはずです。

その志の高さが有田の技量を高め、今日に続くものづくりの礎になっていると思うと、400年の節目を迎えるこのタイミングで出土したこの陶片は、見た目は少々地味ですが大発見なのです。

by gen-emon | 2015-04-07 14:55 | 旬な話題

陶山神社鳥居   

2014年 01月 22日

皆さん こんにちは
今日は新春らしい話題をひとつ。
有田で初詣といえば「陶山神社」
年間を通じてもたくさんの参拝客が訪れます。

陶山神社は明治になってからの名称で、ご神体は「応神天皇」、佐賀藩藩祖「鍋島直茂公」、それと有田焼陶祖「李参平」です。正殿前には焼きもの町ならではの、様々な磁器製の奉納品が鎮座していますが、圧巻はなんといっても磁器製の鳥居。
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有田町を象徴する文化遺産のひとつとしても広く知られています。由来によるとこの鳥居は、明治21年(1888)の神事(おくんち)に当番区であった稗木場(日恵古場)から奉納されました。柱には奉納区と製作年月日が陽刻で、製作に関わった人たちの名前が黒の釉下顔料で記されています。
さすがに、このサイズと重量の焼きものにとって、屋外での120数年という歳月は厳しい環境です。
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扁額にある「陶山社」は、中林呉竹によるもの。b0289777_14125462.jpg


ところで、この磁器製鳥居、実は有田以外にも二基が現存することをご存じですか?
一基は長崎市内の宮地嶽神社に、b0289777_15203724.jpg
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そしてもう一基は佐賀市内の松原神社です。
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これら3基の鳥居、主要なパーツと文様は同作といって良い程似ていますが、扁額の地文様や陽刻文字の有無など、細部が微妙に異なっています。

では、各社に奉納されたいきさつはどうなっているのでしょうか?
時系列で予測を立てると、まず、陶山神社に奉納するために、本窯の歩留まりを考えて3基分かそれ以上のパーツを製作して焼成したところ焼き損じがほとんど無く、無事に奉納できた。

次に残ったパーツを組んで、同じ年に宮地嶽神社に奉納された。残念なことに宮地嶽神社の鳥居の奉納者は不明ですが、この2基は共に明治21年の陽刻銘があります。

そして翌々23年になって、西松浦郡の全町村から松原神社に最後の1基が奉納された。ちなみに松原神社には、陶山社と同じく鍋島直茂公が祀られています。年号と奉納者名が黒書きされていますが、文字が一部剥落しているところから、どうやら上絵付けのようです。
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いずれにしても、これだけの大きさの磁器を焼くのは、現代のテクノロジーを持ってしても至難の技としかいいようがありません。製作にあたった先人の心意気とそれを裏づけるに余りある技量には脱帽です。

皆さんもいちど磁器製鳥居を巡る三社詣でに出かけてはいかがでしょうか?すごいパワーをいただけるかも!

by gen-emon | 2014-01-22 12:01 | 旬な話題